法律上は「しんし」とよばれる。法律上の親子には血のつながった実の親子(実親子)と、血のつながりはないが、法律によって実親子と同じような関係を認められている親子(養親子)とがある。
前者を自然血族、後者を法定血族という。継親子(けいしんし)、嫡母庶子(ちゃくぼしょし)は明治民法では法定血族とされていたが、新民法で親子と認められないから単なる姻族一親等である。
親と子の関係が独立に法的な規制の対象となったのは、家族制度が緩くなり、家族員の独立性が認められるようになってからで、初めは親とくに父の子に対する家長的支配(父権)を中心とした「家のための親子法」といった性格が強かった。
「対象者を必要以上に心配し、幸せになるのを望んだ愛情の結果」であるとしたがるが、実際は対象者を一つの人格を持った人間である事を認めることが出来ず、『子は親の所有物である』といった観点で自らの価値観や好み、思考を一方的に押し付けて支配下に置きたがる親のエゴが見出される。
また夫婦間の不仲等日々の不満の捌け口として、対象者が活き活きと思春期や青春時代を過ごし人生を謳歌することに対して、嫉妬を抱いたり、抑圧して自分よりも弱い立場の人間を家族内に作り出して置きたい、また、対象者が外の世界や人に興味を持ち親の支配下から離れるのを許せず、永遠に支配下に置いて将来の介護要員として家に縛り付けておきたい、といった非常に屈折した心理も見出される。
過干渉の問題では、子は親から条件付の愛情しか与えられず、保護者によっては「躾の一環」として被保護者の交遊関係にまで強引に介入(干渉)しようとする為、被保護者は過干渉の結果、親の批判や干渉が煩わしく、ストレスや罪悪感を感じ、過大なエネルギーを消耗するため、対人関係そのものに背を向ける様にもなる。